
2008 Herbst -
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プラスチック
色っぽいプラスチック,朽ちても美しいプラスチックはないものだろうか
とはるか以前に思ったことがあったが,
プラスチックは身の回りにあふれている(たとえばこのコンピュータだってそうだ)にも関わらず,
プラスチックという材料に注目してデザインされたものはあまりない.
プラスチックとなると何故か妙に「未来的」なものが多くなる.
プラスチック自体の歴史は150年ほどらしいから,
まだ途上なのかもしれないけれど.
それにしても,混ぜるとさまざまな性質のもの(鉄より硬いものだって)ができて,
カラフルになったり,透明になったり,布のようになったり,棒のようになったり,
結構面白いのかもしれないなと思う.
いや,石油を使わないようにしよう,という流れとは逆行してるのかもしれないけど.
ヨーロッパの鉄道ターミナルに感じる憧憬は
行きどまりの感覚は勿論なのであるが,
それを最早作ることができないことからも来るのだろうか
空港は,あまりにも身近すぎて,粗が目に付いてしまう
或いは,鉄道ターミナルのプログラム及び構造は往々にしてあまりにも単純であるために,
理解できたという感覚を持ちやすいからなのだろうか
カテドラルもまた今となっては作ることのできない類であるが
カテドラルにはあまり憧憬を覚えないのは
カテドラルの構造をイマイチ理解しきれていないからなのだろうか
ミュンヘンのオリンピックスタジアムを始め,
フライオットー氏の作品は,特別好きではなかったのだけれど
訪れてみて好きになるというのは
そこに含まれたであろう(真偽の程は知らねども)物語を読取ることができるからだろうか
来年の1月末に短いレクチャーをすることを自分から申し出る.
なんでもやってみた方がいいのだ.
今までやってきたことをネタに,日本の構造設計のあり方,或いは,構造設計者がなにを実際にしているのか,を話そうかと思っている.
物事を見る見方は,上,或いは全体から見る見方と,下あるいは部分を集めてみる見方とあるように思われる.
構造というのはどうも前者に親和性があるように思っていたのだが,
精確に言うと,力学,力の流れが,全体の系としての思考に親和性が高いということなんだろう.
それに比べて,例えば施工方法というのは,明らかに集積の方法であり,後者の考え方に親和する.
構造というのが,力学・解析と工法・施工の両方の側面を持つとするなら,工法・施工の面を力学的に補強していくような考え方,というのはありうるのだろうか.
全体計画を中心とした都市計画が破綻しているように,今は個が集まって全体を織りなす時代だと思う.ニコニコ動画が広場を設けて,個別主義になりすぎずに社会を作り出す方向へと動き出しているように,あまりにもばらばらではない,けれど同じものが積み重なっているのでもない,個の集積の仕方,が考えられたら,面白いのじゃないかと思う.
似ている,或いは,原理は同じだけれど,異なるヴァリエーションたちの集まり.林のような.