
2008 Herbst -
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Grazに着いて,数日がたった.
町の印象は基本的によいのだが,いくつかの問題があって,日々くたびれる.
生きているだけでくたびれる,というのは,こういうことなんだなあと思う.
旅行に来ていることと,生活することとの違い.
自分の拠点をきちんと確保することへの戦い.
例えば,携帯電話の入手の仕方だとか,そういう些細なことですぐにつまづく.
慣れたら少しは楽になるだろうか.
しかし,なんといっても最大の問題は,
教授が大学からいなくなってしまうことだろう.
彼がいたからGrazに来たというのに,いったいどうしたことだろう,と,
最初に聴いたときは思考がストップしてしまったけれど,
落ち着いて考えてみれば,もはや他に道はないのだ.
というよりも,他の道をとるにせよ,ここでやってみてからにしたっていいということだ.
日本に一度帰ることに,なんのメリットもない.
結局大切なことは,自分自身であり続けるということなんではないだろうか.
自分の内側の言葉を外に出していくということ.
今日はそれでも,ディーンに会って,サインをもらうことができた.
ハンサムなスイス人だった.ETH出身らしい.
ここはベルリンよりはあたたかい.
英語はかなり通じない.学生に対しては通じる.
昨日見た部屋はよかった.家具はなかったけれど.
お金の感覚がよくわからない.
ピーターアイゼンマンは,想像よりも年をとっていた.
75歳を過ぎているらしい.
ゆっくりした英語で,聞きとりやすく話すひとだった.
建築の形式と意味について話をしていた.
建築に意味を求めるのは結局,他者とコミュニケーションしたいからなんだなと思う.
クライアント,建築を建てる時に不可避の権威について,
時間が経てば建築だけが残り権威は消えていくのだ,と答えていた.
建築に対する信頼なのだな,と思う.
ろうそくのすごいところのひとつは,
炎が大きくどんどん蝋を溶かしていくと,
芯が蝋に埋まってしまうので,
自動的に炎が小さくなる,
という点なんではないだろうか.
服というものがどうも苦手ではあるが,
もっと自由に買ってもいいのかもしれないなとも思う.
スペイン人のゴードに誘われて,
メキシコ人の誕生日会に行ってみる.
スペイン人とメキシコ人は,話すスペイン語が違うらしい.
それでも,音楽を生きる人たち.
ベルリンという外の土地で,生きる人たち.
はじめて,マリファナというものを見る.
中国人のサバイバル能力にあてられる.
ベルリンの9月は,ドイツ人に言わせればまだ夏だそうだが,初冬である.
コートを着込み,マフラーを巻く夏などと,あってよいものだろうか.
何気なく入ってくる情報の通り,グラーツがより寒いのであれば,
私の今年の夏は,8月の16日に終わってしまったということだ.
なんというか,秋を飛ばしてしまったようで,少し悔しい.
秋は,味覚も大切で,それはあきらめるにしても,
少し涼しくなって,重ね着ができるようになって,
一瞬の過ごしやすい時期があって,
だんだんと年末に追い込まれていく後ろ髪ひかれるようなあの感じをも
今年はあきらめなければならないのだろうか.
一気にもう年末のような気分なのだ.
Hans SharounのStaatsbibliothek zu Berlinにて勉強してみる.1か月で10ユーロで利用できる.
そこここにレベル差のある床が浮いていて,かなり複雑な構成.
使いやすいかはともかく,空間をイメージする能力において,ハンスシャロウンはかなり秀でていたのだと実感する.
トップライトは外側からの形状とは関係なく,GRPと思われる丸い反射用のものから光が降り注ぐ.
外がずっと見渡せて,特に夕空が眺められるのが気持ちがいい.
荷物は透明な袋に入れて持ち込む.
ほとんどの人がラップトップを持ち込んでいるのが印象的.
一人のスペースはかなり広くて使いやすい.
ここの図書館の人は,殆ど英語を話さない.
ミースのNeue Nationalgallerieの40周年のお祝いを催していた.
ドイツ語で何を言っているのかはわからなかったけれど,
夜景ではガラスの反射がない分,より大屋根が浮いて見える.
勿論強烈なグリッドと力強さが最大の特徴ではあるのだけれど,
実はあの庇の大きさもなかなかにすごいことに思えてくる.
建築関係と思しき人たちの集まりを見ると,恰好として安心する.
因みに,今日は進行中のEプロジェクトの写真が送られてきて,
嬉しくて,少し泣いた.