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歩いてきた道

2008 Herbst -

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タレントの演技力

 ジャニーズのタレントの方はドラマでも主演だったり主演の人に引っ張ってもらって出演させてもらう機会が結構ある.
演技力,ということを話題にされるけれど,演技力とカリスマ性というのは別モノだと思う.

例えば木村拓哉は,演技力があるというかんじではないと思うけれど,やっぱり(今は昔に比べれば衰えつつあるとは言え)カリスマ性がある.画面に出ているだけで視聴者は安心なんである.それはすごいことだ.木村拓哉というだけで一つのキャラクターになってしまうので,それ以外にはどうしてもならない.

演技力があまりないというのは割と鮮明に表れて,見ていて痒くなったりひやひやしてしまうようなタイプ.これは櫻井翔などは顕著だ.

松本潤はかなり作品を選ぶ.漫画原作のようなキャラクターや性格描写が極端なものにはかなり合致する.これはこれで稀有な才能だと思う.
堂本光一も作品を選ぶと思う.顔立ちが整い過ぎているので,しょぼい役どころには向かない.

逆にもっと現実に近い設定で,細かな心情描写が求められるということになると,光っている演技としては,堂本剛とか二宮和也があがってくる.岡田准一,生田斗真や錦戸亮も悪くはない.これらのタレントは,他の本職の役者と被るので生き残りがより熾烈になってくるけれど.観ていて不安にならない程度という意味では大野智や長瀬智也が上げられると思う.

ひどい,というレベルではないけれど,タレント本人のオーラでどうにかカバーしているというかんじなのが,山下智久,香取慎吾,山田涼介,赤西仁.



勿論気に入ったタレントが画面に出ていればそれだけで嬉しいということはあるので,欲目ではあるけれど.



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話し方

 IMARUさんという芸能人が話しているのを見る.

知合いのOさんに印象が似ている.
しゃべり方の語尾がs混じりになるのと,自分が話した後に「はいー」と付けるのがすごく気になるけれど,人としてはとても謙虚で努力家なんだろうなと思わせる.質問に対する答えも,周囲に配慮したもので,芸能人らしいなという感じがしてしまうところがまだ若さなんだろうけれど,新人なんだから当たり前だろう.笑顔も素敵だし,顔も結構きれいな人なのでは.

ただどうしても話し方が気になる.

こういうのは世代の問題で,彼女にとっては普通の話し方なのだろうし,態度を悪くしようという気は微塵もないのだろうということも伝わってくるのだけれど.

同じようなことは,自分のしゃべり方に対して上の方が思うのかもしれない.
老若男女,インターナショナルに通じるのは,笑顔,だけどさ.





連絡をしなくなった昔の知合いの写真を見かけた.
変な顔になったなあ,と思った.
勿論余計なお世話なんであるけれども.

自分の顔には責任を,というけれど,
自分の顔をきれいに魅せるように心がけようと思う.


家族

家族だからって,何もかも知っている訳でもないし,何もかも話せる訳じゃない.

私の育った家は寧ろ,色んなことを話せない家だった.
強圧的というんではなく,言葉がなくても極めて緻密な観察によって伝わってしまう家族だったから.
話す必要もないし,ネガティヴなことは話さないことが美徳とされていた.

そのお陰かどうか,誰かに頼ったり相談したりするのが苦手だ.
何をどこまで言っていいのか,誰に言っていいのか,どう言えばいいのか,わからない.
かと言って,一人きりで生きていける,という性質でもない.
(敢えてそれを「強さ」とは呼ばない.)


口数は多いように見えるかもしれないが,大事なことを汲み取ってほしいと思う.
さらに,汲み取れない人には,わかってもらわなくていいとも思う.
それは,わからない奴にはわかってもらわなくていいよ,ということではなくて,
汲み取ってもらえる人と一緒にいたい,ということ.
それは,怠慢ということなのかな.

或いは,わかってもらえるように話したい,伝えたい,と思える相手に,
今,出会っていないということ,なのだろうか.

わかってもらいたいことは,わかりたいことの裏表.
わかりたいと思う相手がいないということと,
わかってもらいたいと思う相手がいないことは,
ほぼ同じことなのかもしれない.


そのこと自体はとても苦しいことだし,
心底,誰か思い思われる人が欲しいと思っている.
自分の分身がいたら,すぐさま一緒に暮らしたいくらいだ.

いつか会えるのだろうか.

考えないことにしたんだっけ.


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私が子育てをする時が来るなら,
全身で相談にも乗るが,何もかもは親だってできないのだ,ということを顕わにするだろう.
私は私の両親のような完璧な親はできないし,そうであるべきだとも思わない.
私は私の子よりも早くにいなくなるだろうから,
自分がいなくなった時にも,他人との関係の中でバランスを取って生きていけるように.


ホームドラマ! / one piece

家族,仲間の物語.

最近,この主人公の将太のような,兎に角筋が通っていてみんなを引っ張っていける,明るさ,というものに強く憧れている.こういう風にありたい.ワンピースのルフィもそう.



今の私が飢えているのは,仲間とか家族とか,そういう信頼できる関係なんだと思う.
そんなの,文化的背景とかじゃなく,無ければ誰だって飢えるものだろう.
一人で生きていくということは,そういうもの無しで生きていく覚悟をしていくということ.

ルフィが,一緒にいこー,と叫ぶこと.
相手の歓びや問題を,自分の歓びや問題として一緒に抱えるということ.

そういうことは,もしかしたら,
愛されてたことのある人には当たり前のことでも,
そうでない人には,よくわからないことなのかもしれない.
わからない人に求めても難しいんだろう.
それよりも先に,自分が相手の問題を一緒に抱えていこうと思えないのだったら,始まりもしない.


別に愛情じゃなくてもいいんだ.
誰かと家族になりたい,という気がしている.






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