
2008 Herbst -
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オダギリジョー演ずる謎の男の印象的なセリフ特集.
世の中は つかず離れず 隅田川
人生なめんなよ
(落花生をカウンターに並べながら)
バレンシアに行っている.
(が街の構成は,ハイデルベルグっぽい.)
学生さんの展覧会を見ている.
写真のような建築ではなくて,リアルな建築をやっていこうぜ,というような内容.
エビの串刺しを,オープンレストランで食べる.
電車の時間が6時半だというので,そそくさと帰る.
妙に居場所のない感じ.
サムライハイスクール 1話
三浦春馬主演ということで楽しみに見てみたのだけれど,なんだか残念.
三浦春馬はかっこいい.そのほかの役者さんも,うまくやっているようにも見える.
けれど,扱っているイジメが妙にリアルで,いじめられっこ(城田優)のうじうじぶりも煮えきらなくて,
不安ばかりが煽られて,すっきり感がない.
コメディなのかシリアスなのかがはっきりしていないし,
イジメをコメディタッチで扱うには,最後にちゃんと勧善懲悪なオチが来るという安心感がないと.
そうでないなら,シリアスにイジメにがっつり取り組むのか.
時々,うわっとか痒くなってしまう箇所あり.
それと杏という女優さんがかわいくないのも,残念な理由.
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救命病棟24時.
こういうのとか,所謂ミステリードラマとかは,毎回すっきり終わるのがいいところ.
相棒もその路線だと思う.あと,必殺仕事人とか.
いちいちストーリーを追わなくてもいいし,流しておける.
その癖,きちんと作られていて安定感がある.
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マイガール.
相葉君主演.
扱っているテーマが好みとずれているので期待はあんまりないんだけど,
相葉君のいい人なムードがマッチしていて,案外安心して見られる感じ.
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リアルクローズ
黒木瞳と香利奈.プラダを着た悪魔の完全な焼き直し.
あまりに焼き直しすぎて,見ていて恥ずかしい.
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深夜食堂.
期待しないで見てみたけれど,これはいい.
時効警察なノリ.
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深夜食堂は好きなんだけど,生きる元気にはならないんだなあ.
やっぱり頑張る若者系とか,よくできた恋愛ものとか,
そういうのが連続ドラマの醍醐味なんだけどなあ...
宗教を信じている人にとって,罪悪感は一つの行動原理だろうと思う.その心理的な敷居はとても大きくて,だからこそ,神は死んだ,と言い切ることに意味もあったし,それまでへの道のりははるか長いものだった.
意識的には宗教を信じていないと思っている私(たち)にも,やはり個人的な敷居(呪縛)はあって,そこから罪悪感は生まれるのだと思う.社会一般に認められている倫理,や,それ以上に個人的な敷居,があるのだ.
それは必ずしも「罪」ではないのだから,そんなことに縛られる必要はないのだ,自由になっていいのだ,というのは正しいと思うけれど,その呪縛から解き放たれる「べきなのだ」というのは本当だろうか.
自分を縛るあらゆるものを分析し認識して,それから逃れるべきなのだ,ということすら,ひとつの教条であるとも言える.そこに何かがあるのをわかっていて,それを見ずに済ませようとすることに,やはり怯懦を感じずにはいられないが,それこそが呪縛かもしれないのだ.
呪縛の性質上,本当に認識できてしまったら,半分以上呪縛は解かれてしまうのかもしれない.本当に認識,というのは,明文化できた後,更に半分の作業が残っているものなのだけれど.
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さて,私の個人的な呪縛について,ゆっくりと.
何故この呪縛を少しは解きほぐそうとしているのか.それは,これらは不安を運んでくるからだ.完全な呪縛の形.
起源は母親にある.母親の価値観というのがあって,それは不言律として,私を常に監視している.勿論それはよい方向にも働くことがある.でも,それは母親が年々年を取っていくに従って,パワーダウンしているようにも思える.「私にはもう何もしてやれない」と言う彼女自身がよくわかっているように,私に見える世界と彼女に見える世界には齟齬が出てしまっていて,彼女の常識は,時々通用しない.それでも,芯の部分では,やはり何も変わらないように思える部分もある.彼女の価値観を守れずにいる自分に対して,何かをうまくできなかった時の不安感は,かなりのものである.想像するだけで,胃を掴まれるような気がする.
身も蓋もない言い方をしてみる.
母は私の行動パターンを熟知しているが,だからと言って何かをテレパシーキャッチしている訳ではない.
神さまは見ていてくれる,
という考え方が好きだ.世界に意味は満ち溢れていて欲しい.
けれど,神さまを想定してしまうのは,たぶん,人間の弱さなのではないか,とも思う.
弱くてなにがいけない?
いけなくないのかもしれない.それが人間の本質なのかもしれない.
神さまを信じられるなら,信じていればいいのかもしれない.
生きていくことは,すべて自己責任の舵取りだ.
自分がいいと思うように生きられるなら,その手段に神さまを使っても悪くない.
それが手段であるとわかって使っている限り,その手段に飲み込まれてしまうことはない.
長い距離を走る時に大切なことは,自分を騙すことだ.自分の脳を騙す.
とすれば,大切なことは,自分がどのように生きたいのかを,きちんと描き,見据えることだろう.
また,自分の内部の闇から逸れてしまった気もする.
少しずつ,少しずつ.
1本目.
高層ビルの高いところに住んでいる.
窓からハングライダーのようなものを背負って,外に飛び出す.
落ちる時の空気の流れがあれば,飛べるだろうと考えて.
飛べる.
上に行こうと思えば行ける.
そんなこんなで自由に空を飛んでみる.
そこここに高層ビルが建っている.でも見覚えのないビルばかり.
アニメに出て来そうな,ぐちゃぐちゃした形のものが多い.
模型を見るように,街を見下ろす.
自分が大きいので,羽根の幅がビルとビルの間ぎりぎりくらい.
当ててしまわないように注意しながら飛ぶ.
降りることを考える.
広いスペースがないと,自分が大きいので着地できないなあ.
そんな夢.
(本当は,見降ろしたところで,自分のスケールが変わる訳じゃないから,大きくなったりはしない.
でも夢の中では当然のように,見降ろした時点で,自分がスケールアップしている.)
2本目.
あー.忘れた.
最近夢をはっきり見たりする.
起きた時は鮮明に覚えているので,書きとめる必要もない気がするけれど,
しばらくすると,本当にきれいさっぱり忘れているから,不思議なほどだ.