
2008 Herbst -
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弱気になって,プロポーズにYESと答えてしまう女の子に対して.
今のおまえは,蟹で言うとまっすぐ歩いている蟹だ.蟹は普段横向きに歩いているけど,怖くなって逃げる時はまっすぐ走んだよ.僕はそんな蟹は嫌いだ.俺の好きなおまえは,ちゃんと横に歩いているおまえだ.夢を見ているおまえだ.だから,元のおまえに戻ったら,もう一度考えてくれ.
こんな王子がいたら,もうぐっと来ちゃう.
あなたは,あなたらしく,いてください.
いつか,僕だけにはわかるやり方で.
あのあと,彼は,幾分偏って私を見ていた(たぶん今も).私なら,彼が愛した私なら,決してしないような卑劣さを,疑ったりした.今の私は同姓の友人ともうまくやっていけるけれど,彼はそのことをきっと信じないだろう.でも,それは私があの時に彼にしたことの対価でもある.それは,私が引き受けるべきことだ.
もう二度と,彼が私を見ることがなく,彼にわかってもらうことは二度とないとしても,それでも私がやることはただ種を蒔き続けることだけだ.それが,彼が私にくれたもの.私は私らしく,前を向いて,誰がわかってくれようとわかってくれなかろうと,歩いていくだけだ.
こんな言葉は,そらうそくさくて気持ち悪い.
でも,素直な本当の言葉は,いつだってそんなものだ.
高貴な,と,言ってもらえた,自分を,持ち続けること.
結婚できなくて,誰も一緒に人生の最後を過ごしてくれなくても,いいじゃないか.馬鹿みたいに,まっすぐに.私が,私の,ルールだ.
今更ながら,アラフォー.2008年のヒットドラマ.主演天海祐希.
別に特別焦っているつもりもなかった精神科医39歳が,周りを見てだんだん焦り出すけれど,今までのやり方を変えられず,結局結婚せずに終わる.自分の幸せは自分で決める,今の私はとても幸せ.それを再確認して終わる.それはそれでいいんだけれど...そうとしか結局結論づけられないんだよなあ,と.
女の方が子供を産むタイムリミットがある分,結婚を焦る傾向がある.その焦りと,妥協できない筋と,その狭間.そんなに何もかもうまくぴったり行く解決なんてなかなか現実には降っては来ないから,何かを諦めずにはいられなくて,それが仕事だとなんとなく「幸せな」結論に見えたりするけれど,結婚だとなんとなく見栄を張っているだけのように見えたりする.でも結局はどっちだって同じことだ.そして多分,どんな道でも,自分で選び作り出していかなくてはならないのだ.
私は,7年前のあの時に,仕事以外の道を選ぶことができなかった.そんなことは考えられもしなかった.だとしたら,何度繰り返しても同じこの場所に来るんだろう.今のこの場所から道を作っていくしかないんだ.
恋がしたい.もう何年も何年もそう思って,でもどうしたらいいのかわからない.井戸に落ちるように,ある日突然恋に落ちるのだ,と言われているけれど,いったい私の井戸はどこにあるんだろうか.
でも,それを考えても考えなくても,井戸があるならあるんだろうし,ないならないんだろう.
例えば40歳になった時に,私が大好きだったあの人にばったりで会ったら,昔よりきれいになったね,と,言わせよう.
ところで,このドラマを見ていても思ったのだけれど,私は男の人が好意を抱いているのを抑えていて,でも抑えきれずに表情に出ている,というのが極めて好物である.嫉妬(他の男性だけでなく,たとえば仕事などに対しても)の表情.なにがどう,と言えないのだけれど...
天海祐希は同じような役どころが多いみたい.
おせっかいを焼かれたいと思うのは,女の性なんだろうか.自分からは言い出しにくいことなんかも多くて,周りがうまくやってくれたらいいのに,とどこか願ってしまう.周りが世話を焼いてくれるからこそ,ハンサムウーマンが成立するんである.
海外での生活をするのに,mixiは非常に便利である.
困ったことについて,不特定の人に質問すると,誰かしらが答えてくれたりする.
或いは,同じ問題を前に誰かが抱えていて,その解決方法まで示されていたりする.
日本人ならではの疑問というのも色々とあって,それは地元の人には聞けないことたちだ.
さらに,信頼する友人たちが,個人的な問題についてもコメントをくれたりもする.
彼らが忙しいかもしれない,などと思って,メールを躊躇ったりする,その躊躇は不要である.
さらには,新しい知合いが増えたりも,する.
それはとっても大切なこと.
それらは全部,そうなんだけど.
多分,大学でパソコンを使えるようになってから, 私は絶え間なくネット上に日記のようなものを書き続けている.
1か月程度のブランクが空くことはあったけれど,半年,はないと思う.
今まで幾つのサイトを持ってきただろう...
文章を書くことは,殆ど息をするに近いことで,
しかもそれは私にとっては,多分スピードの問題から,キーボードで打たねばならず,
さらにフォーマットの問題から,ウェブ日記である必要がある.
予測されるかもしれない事態とはうらはらに,概ね読者は必要としていない.
ごくごく限られた種類の読者なら歓迎だが,特に知合いなどになってしまうと,逆効果である.
書けることがまったく変わってしまうから.
それでも,知合いに公開して,ブログを書いていたこともあった.
その時ですら,匿名から抜け出すことはできなかったけれど.
ましてやこのネットでどんな人と遭遇してしまうかわからないご時勢に,
今や記名で文章を公開するなどというのは到底無理なように思われる.
知合いの読むことが想定されている日記では,
書くことは日常の些細なことたちだ.
それらは後に,記録として役に立つ.
けれど,そういう風に言葉を無駄遣いすることは,感情を乾かしてしまうように思える.
もう少し,大切に言葉を遣わなくては.
十何年ぶりに,レミゼラブルを聴く.
聴きなれたバージョンではなくて最初少し抵抗があったけれど,
一度入り込めたら,一気に胸をつかまれるような.
エポニーヌの恋心が,その純粋さ故に気になっていた気がするのだけれど,
今は,ジャンバルジャンとジャベールの葛藤の方が,圧倒的に興味深い.
ロンドンで公演を観るのが,とても楽しみ.
最近知合った人々.Yねえ,と,Mさん.
Yねえは,とてもセンスがよくて,きれいな人.
こんな風に,ふらーっと,筋を通していられたら,素敵だなあ,と思う.
Mさんは,多分すごく頑張ってきた人.仕事できそう.
誰かといるときはすごいエネルギッシュだけど,多分本人大変なんだろうな.
二人とも年下のフランス人の彼氏がいるんだけど,ときめきはない,と言っていて,
Yねえは,ときめきよりも大事なものがあるかな,なんて言うし,
Mさんは,ときめきは欲しい,と言う.
ときめき,ねぇ.
ときめきから遠ざかっている人は,ときめく練習をした方がよくて,
例えば芸能人や身近な人でも,取敢えず好きになってみる,ということから始めよう
とかいう特集をよく見る.
それが本当なのかはよくわからないけれど,
その虚しさを見て見ぬふりができるなら,うまくときめけるようになるんだろう.
私はいつまでこの問題にかかずらわらなくちゃならないんだろう.
いい加減あきあきなんだけど.
例えば,名前を見る時に未だに感じる吐き気のようなもの.
これについて,誰と何を話せばいいものなのだろうか.
名前さえ見なければ,思いだしさえしなければ,別になんてことはない訳なのだが.
Kさんが夏に遊びに来ると言っている.
おもてなしするのは苦手だけれど,誰かが来てくれるのは嬉しいことだ.
例えば彼女となら,話ができるのだろうか.
…でも,彼女の話を聞くだけで終わってしまう気がしてならない.
それにしても,彼女とは特別仲がいい訳でもなく,
寧ろ彼女は私のことが嫌いだったくらいに記憶しているのだけれど,
それでも会いに来られるようなエネルギーの配分(それは必ずしも健康的とは限らない)が
彼女の特性なのかもしれない.
最近知合いや友人になるのは女性ばかりだ.
元気ですか,という質問の意味は,あなたのことを気にかけています,だ.
自分が元気なのかなんてよくわからない.
私は元気なのか?
毎日が楽しくて仕方がないような生き方は,本当にあり得るのだろうか.
そして,あり得るとして,それを望むのだろうか.
…多分,それが浮ついたものでないなら,私はそれを望むのかもしれない.
不安には,必ずしも原因がある訳じゃないのだと思う.
或いは,不安がなくなることが不安,というのが適切なのかもしれない.
不安の時に,できることは3つ.ネットで動画を見るか,食事をするか,文章を書くか,である.
どれも大して生産的ではなくて,文章と言ったって同じ事を繰り返し書いているだけである.
それでも,少しでも自分の生活を見直すきっかけになれば.
拒食よりは過食の気がある.
それだって,多分,症状と言えるほどのものではないと思う.
今日食べたのは,うどんとやきそばとスープ2人前とゆでたブロッコリーとローズコール.
少なくはないけれど,極めて多い,というほどでもない.
呼吸法は,なかなか毎日はできないけれど,思いだした時にやってみることにしよう.
ネットは結構怖いな,と思う.
最悪の事態が起こってからでは遅い.
注意に注意を重ねることにしよう.