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歩いてきた道

2008 Herbst -

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プラスチック

プラスチック

色っぽいプラスチック,朽ちても美しいプラスチックはないものだろうか

とはるか以前に思ったことがあったが,

プラスチックは身の回りにあふれている(たとえばこのコンピュータだってそうだ)にも関わらず,
プラスチックという材料に注目してデザインされたものはあまりない.
プラスチックとなると何故か妙に「未来的」なものが多くなる.
プラスチック自体の歴史は150年ほどらしいから,
まだ途上なのかもしれないけれど.

それにしても,混ぜるとさまざまな性質のもの(鉄より硬いものだって)ができて,
カラフルになったり,透明になったり,布のようになったり,棒のようになったり,
結構面白いのかもしれないなと思う.

いや,石油を使わないようにしよう,という流れとは逆行してるのかもしれないけど.

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Praha Wien

Praha

ホレショビッツ駅.ナードラジーは駅という意味.
プラハの地下鉄はABCの3本.駅がかわいらしい.予約していたホテルは水周りが故障したとかで,別のホテルに移される.ワインを一本もらう.
ホテルにチェックインした後,夕食を食べに町へ.とにかく寒いので,手近にあったイタリアンカフェに入る.が,すぐに閉店時間になる.市庁舎の前の広場へ行ってみる.とにかく寒い.おなかがあまり空いていなかったので,スタンドでグリューヴァインとホットドッグを購入.このホットドッグが驚くほどまずくて笑う.

翌日.プラハ城に行ってみる.のに,道に迷う.この町はなんだかとてもわかりにくい.バウムクーヘンを食べてみる.結構かたい.来たトラムに乗ってみたりすると,全然違う方向に連れて行かれたりする.間違えてカレル橋に到着したりしながら,やっと城に着く.城の門ではちょうど衛兵の交代時間.銃剣というものを初めて見る.教会から見る.ゴシック.裏側にまわれるようになっている教会.ミュシャのステンドグラスもあったけれど,それ以外の部分の方が珍しく思われる.宝石の鏤められた部屋.窓ガラスがかわいい.次に,旧王宮.とても色っぽい花のような天井.窓から差し込む光.紋章がちりばめられた天井の部屋.宝物としての本.黄金の小道.おなかが空いてきたので中にあるカフェでスープを食べる.美味しい.2階は長い廊下でつながっている.射撃してみる.狭くて石でできた細長い空間は,それだけでわくわくさせる.カフカが本を認めたブルーの家.カフカの田舎医者をドイツ語で買ってみる.牢屋として使われていた建物がエンドにある.そこから戻って,聖イジー教会に行く.初めてのバジリカ教会体験.新しく建て直されてはいるらしいけれど,石+木の天井がなかなか素敵.小さな窓.
お昼御飯を城の近くの郷土料理やにて.チェコプレートとグラーシュ.美味しくて量が多い.そこそこ安い.
ミュラー邸へ行ってみる.相変わらずやってきたトラムに乗って,道に迷う.辿りついてみると,今日は入れない.明日なら入れるらしい...どうしたものか.
いずれにせよ,カレル橋付近まで戻る.モルダウ川の近くのデザインガラス屋でワイングラスを購入.その近くの川岸にて,白鳥と戯れる.近くに来すぎて怖い.その後カレル橋を渡る.途中,橋から落ちそうになっている人に触れるといいことがあるということで,触ってみる.人形劇の時間まではまだ間があったので,アールデコのカフェに入ることにしてみる.2軒入る.どちらもシックで素敵な空間.ただしフルーツタルトは甘すぎて食べきれなかった.ガラス工芸やも見て回る.ひとつの観光ショップにてブローチを壊してしまい,買わざるを得なくなる.
国立マリオネット劇場にて人形劇.ドンジョバンニ.指揮者モーツァルトまで作られていて,とてもコミカル.おもしろいのだけれど,話がいまいちわからなくて,寝てしまう.客はアジア人が多い.たぶん日本人ではないアジア人.途中で退出.外に出ると寒くて歩きまわる気になれない.夕食を食べずにホテルに戻って,すぐに眠る.

翌日,ミュラー邸に行ってみる.今度は迷わずに.10時からツアーとあるところ,着いたのは10時半くらいだったけれど,他に誰もいなかったのか,ツアーしてくれる.アドルフ・ロース.なかなか素敵な家.装飾を排した,ということになっているけれど,今から見れば,結構装飾的でもある.しかしそれだけでなく,かなり機能的に作られている.リフトなんかもついている.空間構成が緻密に考えられていて,その思考の濃度に感動する.社会主義時代は公共の建物として使われていたが,民主主義に戻った時に,ミュラーさんの子供のところに返還されて,それをプラハ市に売ったらしい.最上階はジャポニズムの部屋.壁は銀色.夏にはテラスも使える.

バスで駅に戻り,ウィーン行きの電車を待つ.時間が少しあったので,葉書を書く.


プラハは黒みがかった赤のイメージだ.爛熟しているが,ウィーンが金色のイメージなのに対して,もう少しひねくれている.そして,ガラスのシャンデリアと緻密な手工芸.


Wien

ウィーンはドイツ語圏なので,やはり街の理解度が違う.南駅に到着し,まずはベルベデーア近くのホテルまで歩く.そこからまずは,シュテファン大聖堂へ.大晦日のコンサートのチケットを買わないかと言われるが,結局やめる.街はまだクリスマスの飾りつけがされたままだ.途中でアメリカンバーの前を通る.大聖堂ののち,グラーシュを食べに行こうとするが,混んでいたので,シュニッツェルに変更.こちらも混んでいたが,あまりに長い列なので,並んでしまうことにする.どでかいシュニッツェルを1時間で食べろと言われる.これがまた,あまりに単調な味で,とてもじゃないけど食べきれない.しばらくシュニッツェルは見たくない.コルドンブルーの方が食べやすそうだった.周りの客もみな残している.その後,ライスバーに行こうと思っていたが,食べ疲れたのでやめる.ザッハーにザッハトルテを食べに行く.激烈甘い.はっきり言ってげんなり.ホテルに帰って,すぐに眠る.

朝から郵便貯金局へ.大みそかはお昼までしか開いていなかったようなので,先にまわって正解.なんど来ても素晴らしい.きれいな光なのである.ステッチのような壁柱の模様もかわいらしいし,床のガラスブロックもいい.美術館で手帳なぞを購入.来る途中で,NY在住の日本人に両替をできる場所を聞かれるが,よくわからない.この女性がとても感じが悪くて,感じわるいよねーと言って盛り上がる.まあ,道で寒さしのぎに大声で日本語の歌を歌っていたのが悪かったのかもしれないけれど,それにしたって話しかけてきたのは向こうなのに.
電車に乗ってガソメーターへ.ガスタンク跡自体はすごく素敵なのだが,内部のプログラムがひどすぎる.過疎.4つのタンクがあって,すべての円形空間にガラス屋根がかけられていて,3階レベルには店舗が入っている.一つくらい空間をまるまる使ったホールとか映画館とかにすればいいのに.脇に偏った建物がよりそって建てられている.(後に空港に行く時にも外観が見えたが,外から見る分にはなかなかいい.)
ヴィトゲンシュタインの家はお休み.寒かったのに.歩いてフンデルトヴァッサーハウスまで.やはりなかなかいい.そこここに鏤められた銀色やカラフルな壁.中のカフェであったまる.そのまま歩いてフンデルトヴァッサー美術館へ.こちらは初めて.白黒の壁でちょっとシックではあるが,なかなかよい.中の展示はフンデルトヴァッサーの絵.きらきらしているのがやっぱり惹かれる.ウィーンにいると,きらきらしているものがとてもよく見えるのだ.帽子を購入.帽子をかぶると急に暖かい.
中心部へ戻る.大みそかで屋台が沢山出ている中をぶらぶらと歩く.ハンスホラインやアドルフロースなどを見て回る.デメルで並んで,再びザッハトルテ.やっぱり甘い...他のケーキの方が美味しそう.内装はザッハがモダンなのに対して,アールデコ調.
まだ明るかったので,オペラ座に行ってみる.オペラ座前でキャンセルチケットがあると言われ,折角だからと購入.50ユーロ.開演まで時間があったので,楽友協会にも行ってみると,こちらはジルベスターコンサートの前なのにダフ屋は全然いない.ウィーンフィルのジルベスターのチケットなんてそうそう簡単には手に入らないのね.翌日の見学の時間を聞いて帰る.ペーター教会に行ってみると,かなりバロック.ライスバーにも行ってみる.かなり盛り上がっている.シックなバーだと思っていたのに...ゼクトを頼んだのにシャンパンが来たりもしたけれど,かなり楽しむ.バーテンさんは相変わらずポーカーフェイス.
その後オペラ座へ.ゴージャスな空間.ヨハンシュトラウス.オペラはドイツ語と英語で字幕が各席に出るけれど,とても予習なしにはついていけない.小道具が随分普通に作られていた.途中で眠ってしまう.が,いい体験だった.
終わったあとは,街中でカウントダウン.爆竹と花火がばんばんあがっている.かなり大きな花火.日本じゃとても上げられない規模のものを普通に水もない道路で上げている.すごい人出.年が明けたので,ホテルに帰る.

年明けの演奏があるというので,ステファン大聖堂へ.よくわからないが,なんらかの儀式に参加.その後,美術史美術館に行ってみると午後からだったので,先にゼセッション館へ.あと10分で開くと言うので,先にマジョリカハウスなど見に行く.戻ってくると開いているので,ゼセッション館.クリムトのベートーベンフリーズ.やはり素晴らしい.流れている時間を表す女性も,詩を紡ぐ女性も,歓びの女性たちも.その後,カフェムゼウムへ.アドルフロース設計のこの内装は,結構シンプルだけれど,よく見るとかわいくもある.特に照明など.ミュラー邸程の感動はないにせよ.グラーシュとケーキとカプチーノ.ケーキはまずいが他は美味しい.
楽友協会見学ツアーへ.元日のニューイヤーコンサートが終わったばかりの空間を見学.金色.すごい.オペラ座よりもさらに輪をかけてゴージャス.但し結構小さくて,小ホール(ブラームスホール)で800人,大ホールでも2000人(立ち見席含)と言う.案内してくれた人は,自信満々.まあそりゃそうでしょうけれど.ベルリンフィルハーモニーに比べて,ホールとしてはシンプルな靴箱型.
美術史博物館.前回来た時はそのゴージャスさに圧倒されたけれど,楽友協会の後だとなんだかかすんでしまう.ちょっと残念.フェルメールの絵を模写している人がいた.ルーベンスの絵を見て,フランダースの犬を思う.
ピカソなどがあるというMQ内の美術館へ.オトナー&オトナー.映像の作品が結構面白い.空間構成は,内側に大きなヴォイドがとってあって,左右に分断されている.傘を買う.
夕食に,グラーシュを食べに行く.少し並ぶが,今回は入れる.日本人が結構多い.グラーシュ,スープなど.
ふらふらっとして,ホテルに帰る.

2日は朝からレオポルド美術館へ.シーレはやっぱりいい.よくわからないおじさんが,シーレの生まれた場所Tullnの場所とか教えてくれる.案外風景画は普通っぽいものも多い.ひとを描く時のラインと肌の色合いが絶妙だと思う.自画像もすごい.
その後ベルベレーア宮殿へクリムトを見に行く.接吻は下宮だったので,チケットをさらに追加購入して.クリムトの豪華さも悪くない.しかし,クリムトが結構がっしりしたローマ人みたいなおじさんだったのは驚き.一応シーレの方が後に死んでいるらしい.監視員は単なる監視員であって,知識はないらしい.ただオーディオガイドを使えとだけ言われる.
結構疲れたりしてのんびりと休んでから,ホテルに行き,駅に行くと,丁度電車が出たばかり.駅前のカフェベルベレーアにて,再びグラーシュズッペ.一つ一つのグラーシュは全部味が違う.そうこうするうちに電車の時間.店員さんをせかして支払をして,電車に無事乗る.グラーツへ.

グラーツに着くと,結構疲れていたので,そのままどこにも行かずに休むことにする.マクドナルドに行って,知合いに遭遇.

グラーツでは,買いものをして料理.トマトソースのパスタ,根菜たっぷりのスープ.シュロスベルグやら大学やらをまわって,部屋に戻る.ムーアインゼルや美術館に行き損ねる.夕飯は,肉じゃがとスープ.肉じゃがうまい.肉じゃが最高.ホテルに戻る.ネットがつながらない.

ウィーン空港まで見送る.


雑感.

ギリシャの頃から柱はある訳だけれど,
いつから,柱,梁,壁という概念ができたのだろうか.
歴史を知りたい.


田舎から都会に出てきて夢を実現させるのだ,という感覚は
やはり共感できなくて,
どこにいても,自分の生まれ故郷はそこそこすごいぜ,と思っているから.
でも,そういう歌謡曲は未だ紡がれていない気がする.


ラジオからまたDaft PunkのOne More Timeが流れている.


京極夏彦は面白いと思う.
結局,怨念とか呪と言ったものは,思い込み,情念が生み出すにすぎないということ.
それを例えば,ポジティヴな方向に用いることだって,できるのだろう.

寿(ことぶき)という言葉は,ことほぐ,から来ているそうだ.


Bに会ってみたら,やはり情が湧くもので,
しかも彼が一生懸命なので,なんだか有耶無耶になってしまう.
彼の場合,他人に対する態度に関しては,とても尊敬している.
例えば,彼が素敵な人になる,というのでもいいんだよな,と気づく.
こんな風にして,結婚したり,するのかもしれないなあ.

夢中なの.大好きなんだよ.
すごくいいと思うよ.



今年は身体を動かしたい.


10年続けたら

10年続けたらものになる

これは吉本隆明の言葉だそうだが,私が最初に聞いたのは彼に傾倒していた父からだった.全共闘世代にとって吉本隆明はアイドルなのだろうから,父は本気で信じているのだと思う.歴史をちらっと見てみて驚くのは,大きな流れはあるにせよ,10年でいろいろなことががらりと変わり得るのだということ.私はもう10年を3度繰り返してきたけれど,なんとなくぬめっと続いていて,勿論世相は違うにせよ,大局的なところでは何も変わっていないような気もしていた.でも,違うのだ.10年で国がなくなったり,くっついたり,離れたり,いやそんなことは個々人の生活にすぐには影響が出なくても,実際にはじわじわと大きく効いてくる.小室哲也が流行して,すたれて,つんくが流行して,すたれて,それだけじゃない.建築の中を流れる時間は結構ゆったりだけれど,確実に時間は流れている.もう既に,メディアテークは古典になりつつある.でも,時代の流れを敏感に読み取って,とかそういうことは,すくなくとも私の流儀ではなくて.自分の信じることをする,ということを,10年続けるということ.あきらめないこと.大事な所で妥協しないこと.多分,10年続ければ,周りが自分にもフィットしてくる,というか,自分の考え方と周囲とが馴染む,ということなのだろう.

10年の間,続けるということ.
10年毎日続けるのって結構大変だ.

でも,希望もある.今からだって始められるということ.30代の間,続けるということ.



ヨーロッパの文化

日本は,完全な島国である.それ故,原則的には国家の輪郭は大きくは変わっていないし,国境は人為的に定めるもの,との意識は限りなく希薄である.私たちの中で,「国家,言語,民族,文化」は完全に一対一に対応している.だから,日本文化,というものは,ある総体としてイメージすることが容易だ.
しかし,例えば,オーストリア文化,というものが,そもそもあるのだろうか?ドイツ人の気質とスペイン人の気質は,実感として異なっている.けれど,それは何によるものなのだろうか?民族(血)?偏見でないと言い切れるのだろうか.あるいは,偏見がさらにそれを助長しているだけでないと言い切れるのだろうか.
私の感覚としては,言語と文化は切り離せない.日本語で生き,発想するから,こその,日本文化なのだと思う.それは,変化していく言語としての日本語の特性,例えば輸入言葉による変容の影響まで含めて.
では,訛はあるにせよ概ね同じ言語を話す,ドイツ人とオーストリア人の文化は同じなのだろうか?ドイツ人の友人は,オーストリアはドイツよりも10年遅れていて,時間の流れがゆっくりだ,と言うけれど...
文化を規定するものはなんなのだろう.土地,時代,政策...

私の肌はある種の白人の肌より白い.これで,碧眼だったら,ヨーロッパ人に見えるかと言えば,多分見えないし,ヨーロッパ人にも茶色の眼の人はいる.髪の毛だってかなり茶色っぽい.それなのに,私の顔は完璧にモンゴリアンだ.頭の形状の所為だろうか.もっと鼻が高く彫の深い相貌で,後頭部が出ていれば,ヨーロッパ人に見えるのだろうか.…とは言え,別に典型的なモンゴリアンの貌を持つことに問題がある訳ではない.ただ,民族ということを考えた時に,私にはヨーロッパ人の区別がつけられないが,彼らには明確な差があるのだろうなと.
民族ってなんなのだろう.文化,血族,言語,宗教,伝承....


そんなのなんだっていいじゃん,とも言えるのだけれど,多分,ヨーロッパの文化を「理解」するきっかけを探しているのだと思う.

私は,ヨーロッパに住む日本人でありたい.



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