
2008 Herbst -
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
きっと,もう心に水は湧かないし,湧かなくたって構わない,と思う頃に,
人は子供を授かるようにできているのかもしれない.
自分の子供,という概念は,想像の範疇を超えて新鮮だ.
そして,周りの言うことを信じるならば,
時にひどく苛立つことはあるにしたって,そこそこはかわいいものなのだろう.
私の場合,自分の手がけた仕事ですらこれほどかわいく思いこむのだから,
きっと子供なんて,かわいいんだろうな,とは想像できる.
なんというか,愛することを全面的に許されている,という感じに近いのかもしれない.
時々,子どもの名前を考えたりしている.
妊娠したりしている訳じゃないんだから,まったくもっておかしな振舞いだけれど.
愛に,事件やハプニングやエピソードが必要なら,
少し離れることも考えるべきなのかもしれない.
100%,肯定的な目的で.
フランクフルトに来て一月.
吐き気がするほど,日本語を書くことに飢えている.吐き気がするほど,というのは,日本語を書くことに飢えている,という状況がおぞましくて吐き気がする,という意味ではなくて,実際にあまりに書きたくて吐き気がしているということだ.
実務的なことでしなければならないことが多すぎる.気持ちの襞に余裕がない.くだらないいくつもの些細な問題で,生活が躓きすぎる.それらのことにかまけていたら,もう少しまとまったことなど考える余裕がない.けれど,そうして時間を過ごしていると,何かに飢えているかのような気分になってしまうのだ.ヨーロッパの人たちは,われわれよりも割切る力が強いと思う.そうしないと生きられないのだろう.割切らない力は,細やかな気づかいともなる.
ドイツの生活では,ものごとがスムーズには行かないせいで,現実感が強く,
身体が重たいように感じる.
いちいちにこにこするのが面倒だ.いちいち挨拶するのが面倒だ.
色々な人たちが親切で声をかけてくれるのが面倒だ.
人間臭すぎる,もっと消毒を.
それでいて,誰かが助けてくれなければまともに生きられない.
自分自身も人間臭すぎる.
仕事の環境については,色々といい方向で動いている.全体的に見てみれば,良好に進んでいると言えるだろう.あとは,気持の問題.オーストリアでは12月がひどかった.ほとんど家を出られなくなった.今回は仕事があり義務があるから,少しはましだろうと予想している.
それでも身体が妙にくたびれている.背中があまりに張っている.運動をするのは好きじゃないが,昨日は運動の代わりに湯船につかった程だ.
料理もしている.誰も見ていないし,どんなものを作ったっていい.料理をしてみるのは嫌いでもなくなってきた.悪い傾向じゃないと思う.
結婚について,焦っていないと言ったらウソになる.全く想像がつかないから.誰と,いつ,どこで.
私はずっと愛を待っている.が,そんなものはもう二度と来ないのかもしれない.しかし,来るのかもしれない.あるいはもう,来ているのかもしれない.別に愛ではなくたって構わないのではないか.しかし,相手が私の中に愛を求めている場合には,そういう訳にはいかない.
おかしな人からメールが届いて,最初は気持悪かったし恐怖もしたが,恐怖することが次なる悲劇を生み得るのだと思い直し,放っておくことにした.
特定の誰かに対して感じる嫌悪感はなんなのだろう.日頃気にかけている訳ではないのだが,時々ふと苛立つことがある.彼らをまとめて私の中で葬ってしまうことはできないものだろうか.今の私はそうしたいと願望している.もう,いいじゃないか.もう,いいじゃないか.彼らと永遠に見えずとも,何も変わらないとしか思えない.もう,いいじゃないか.こういうのを,執着とか未練とか言うんだろうけれど,それはあまりに干からびてしまって,原形を保っていない.
結局は生きるのはひとりで,より面白く生きるために誰かを共にと選ぶ,それ以上ではないのではないか.
でも,それを信じることには,なんとなく絶望的な香りがする.
結婚の中に自らの死体を遺棄する,という表現に近いなにか.
苛立ちではなく,悲しみを,感じることは,まだあるのだろうか.
私の心に,水が湧くように感じることは,まだあるのだろうか.
こう書くそばから,いいじゃないか,水など湧かなくとも,という声が聞こえるのだから,まったく面倒だ.
こんなふうになってくると,ふと死んでしまったっていい気がするし,
ちょっとうまくいかないことがあれば,死にたい,と言いたくなってしまう.
勿論これらは,実際に死ぬこととは全く関係のない話.
人に誘われて,アウシュビッツへ行った.
彼女の誘いがなければ,行こうとも思わなかったろう所.
アウシュビッツはユダヤ人の大量殺戮で知られるが,実は強制労働の場でもあった.強制労働に従事させられたのは,ユダヤ人だけでなく,初期にはおもにポーランド人であり,他にも多くの国から連れてこられた.第一収容所の建物は煉瓦造りで,その場は見るだけでは強制収容所とはわからない.電気の通る有刺鉄線の外に佇む遺体処理の建物さえなければ,極めて街並みの揃った小さな町とも思えるほどだ.ただ,時折,見せしめのための殺人の場が用意されている.
大量の,髪の毛やカバンや靴.それらが意味する一人一人の人.そしてそれらはほんの一部であるという事実.髪の毛から作られた毛布.
ユダヤ人を連れてくる際には,新しい仕事があるから,と言って列車に乗せたそうだ.それはどれくらい遠いかは予め知らされることはない.何日も何日もぎゅうぎゅう詰めに真っ暗な箱に載せられる.疲弊した後で着くのはビルケナウだ.広がっているのはたくさんの掘っ立て小屋.ここで新しい生活が始まるのだ.人々は,それでもまだ希望を持っている.一つの箱をあけ,セレクションが行われる.健康な男性と,それ以外とに.それ以外に区分された人々は,まずはシャワーを浴びるように言われる.長旅の後だから,それもそれほどおかしなこととは思われないだろう.自ら服を脱ぎ,シャワー室に入る.そして,害虫駆除用の毒ガスのシャワーを浴びる.大量の死体を処理するのも,同じ囚人だ.
どうせ殺すなら,運搬する前に殺したっていい.セレクションの終わった時点で,一挙に殺したっていい.せめて殺すと告げて殺したっていい.でも,最後まで希望を抱かせる.自ら服を脱いでもらった方が効率的だとか,そういう理由では言い切れない,悪意に満ちた笑いを感じる.シャワー室には,偽物のシャワーヘッドまでつけられているのだ.
今まで,大量殺戮などできるのは,想像力が麻痺してしまっているからなのだろうと思っていた.でも,彼らには確実に想像力も,創造力も,あった.
食事は,朝は1Lのお湯,昼はびっくりスープという名前の,何かが少しだけ入った1Lのスープとひとかけのパンとひとかけのソーセージ,夜は再び1Lのお湯.収容された人々は,長くとも半年ほどで亡くなったという.
アウシュビッツに行くには,クラクフからのツアーが何種類も出ている.我々のツアーは29ユーロで,他のツアー客と一緒にバスで,第一収容所と第二収容所をめぐるというもの.ガイド付き.ネットで予約して行ったけれど,駅前でタクシーのおじさんが勧誘してきたりもする.朝の9時ころから昼の3時ころまでかかる.途中の移動時間に,他のツアー客が平気な顔でサンドイッチなどを頬張っていたのは,少し辟易した.
十分に観光化されているのだけれど,それをテーマパークとさせないだけの重みがある.
ブダペスト,クラクフ,ブラティスラヴァへ旅行.
ブダペストは観光都市であったが,他は小さなひとつの町にすぎなかった.
ここのところ努めて色々な場所へ旅をしようとしているが,
今回の旅行で得られたのは,ひとつひとつの場所には人々が生きていて,
そしてただそれに過ぎない,といった感慨である.
今までは,旅先というのは何か新しく特別なもので,それに触れる為の旅行,といった趣があった.
しかし,例えば東欧の世界は,今自分がどこの国にいるのか自分に言い聞かせねばならないほどに,
単なるヨーロッパであった.
勿論,それぞれの文化や特産物はあるにはある.
が,それは大同小異であって,ヨーロッパという文化の大きさを思い知ることになる.
勿論建物を見るのは別の行為であるけれど.
アフリカや南米は,きっと別のものだろう.
しかしそれはそれとして,ヨーロッパという大きな感覚をつかめたように思えるのは,面白い.
旅の間は,常に荷物を片づけておかねばならぬ.
常にその日や次の日の予定を考えて行動せねばならぬ.
居所に戻る安心も悪くはないけれど,そういった緊張感を保って生きられたらいい.
今年のヨーロッパは寒い冬だそうで,ここでも朝晩は-10℃以下になっているそうだ.
でも,プラハから帰ってきた身としては,全然寒く感じないんだけど...
いや,朝晩に家から出ないからだとは思うが,これなら生きていけそうだ.
しかし,どおりで雪の質が違う訳だ.
高慢と偏見 ジェーン・オースティン
現代ですら,30歳を超えた女性が結婚せずにいることの,誰にも何にも云われないにも関わらず感じるプレッシャーというのはあるのだから,19世紀の女性は結婚をするしか道がなかった頃には,周囲からの圧力たるや凄まじいものがあったに違いない.エリザベスの親友の年齢は27歳だから,まあ主人公も同じ位としても,15歳で結婚するような社会にあっては,今の27歳とは比べるべくもなかろう.それでも好ましくない相手のプロポーズはきっぱりと断り(それは著者自身も行っていることだ)自分の信ずるところを貫くというのは,簡単なようで,結構大変なことだ.この小説では最後に白馬の王子が現れてくれる.ぱっと見は感じが悪いが,実は性実でお金持ち,しかも自分に一途,なんて,完璧なのである.これはたぶん当時の少女漫画のようなものなんだろうなぁ.
牛乳は沢山種類があるけれど,ラクトースフライのものが,割と日本の牛乳の味に近い.
natur milchとかいうやつは,とにかく酸味がすごくて,とてもじゃないが飲めない.
昨日は肉じゃがをルームメイツに振舞ってみた.